「起きたことは必然」とは思いません。

 

「起きたことは全て必然」
「起こったことは最善」
「起きたことは全て正しい」

似てはいるけれども、このような意味で多くの言葉を聞きます。本や、人の意見や、、、

みんな、本当にそう思っているのかな?
そう思えないのは、私がネガティブだから?
ひねくれてるから?

 

 

 

 

 

 

 

 

生まれてすぐに亡くなってしまったら。
大切な子どもが、自分より先に亡くなってしまったら。
事故に遭い、植物人間になってしまったら。

そういう人たちには、必然のことだったのでしょうか。

 

何かつらい思いをして、それがどれほどつらかろうとも何かをきっかけに立ちあがることができたら、後から振り返って「あれがあるから今がある」と言えるかもしれません。でも、私だったら、「そんなつらい思いをしないで済むならそのほうがいい」と思います。立ち上がれたなら結果的に良かったですが、そもそも立ち上がれずに終わることもあるでしょう。

離婚するほどうまくいかない結婚を経験したから、そうならない方法も少しは学べたけど、そもそも離婚なんてしないほうがいい。人間関係に悩んだからそういう人を支援する仕事をしているけど、悩まなくて済むならそのほうが楽。
買ったほうがいい苦労もあるけど、買わなくていい苦労もたくさんあると考えます
「あの人は苦労が足りないからワガママばかり」と苦言されるのを聞くと、「周りの人は大変だけど本人は幸せだな~」と思ったりします。

 

そして、後から本人がそう感じるならともかく、つらい渦中に「こんなことが起きたのも何か意味があるからだ」なんて私は考えたくもないし、他の人にもそう考えてほしいとは思いません。
「起きたことには意味がある」そう考えることで、力になることもあると思います。でも、この考え方は諸刃の剣。起きたことにいい意味を探そうとすると、自分を傷つけることにつながる可能性があるからです。

 

もちろん、何を幸せと感じるかは人それぞれ。子どもの権利が保障されて安全で生活保護もある日本でも、2017年度の世界幸福度ランキングでは51位と微妙な位置にいます。日本より技術面や安全面で遅れていると思われる国でも、日本より幸福度が高い国もありますよね。
どんな状況でも幸せを感じられる人というのは強いし、ある程度の環境であれば私も相手にそうあってほしいと思いカウンセリングをしています。
でもそれも、程度によると思うのです。

 

ただし。一方では、私は努力推進派でもあります。
買わなくていい苦労はあるし、逃げたほうがいい状況もあるけど、できると思うなら努力はしたほうがいい。それが後で、自分の財産になると思うから。

勉強が嫌いと思っても、とりあえずやってみる。
学校の方針が気に入らなくても、とりあえず従うか変えようとしてみる。
受験が気に食わなくても、まずは取り組んでみる。
会社が合わないと思っても、何年かは続けてみる。
人間関係がうまくいかなくても、うまくいかせる努力か気にしない努力をしてみる。

それを経験したことが、後で生きてくることがあります。

 

でも、自分が壊れてしまうと感じるのであれば、考え方や場所を変えてみましょうね。
起きたことに意味を探すよりも、まずはその場や状況を離れたほうがいいこともあります。

「買わなくていい苦労」の基準は、あなた自身が決める必要があります。それには、自分をしっかりと知らなければいけませんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起きたことに意味を探すよりも、まず自分の感じていることを知る。
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